係留

 

立ち止まる暇もないほど仕事に追われています。

 

緊張が頭蓋骨をずっと締め付けてる。

 

それでも抜けてしまうことや、失敗することもあって、どうしても焦ってしまう。

 

知らぬ間に自分が大きなミスをしてるんじゃないか、と自分を疑ってしまう。

 

めちゃくちゃ怖い。

 

 

 

だからこそ、いろんな人に教えてもらった大事なことを見失わないように、ここにかいておきたいと思います。

 

 

最初に求められているのは、「わたしができること」。

 

あせらず、まずは自分の視野のことをきちんとやりとげること。

 

適材適所。

 

自分がやることが周りの人の助けになる、ってちゃんと信じていていい。

 

他の人に比べて習得がゆっくりなのだとしても、それでも私はいま欠けてはいけない歯車。

 

専門性が高いわけではなくても、私がやっていることは「当たり前のことを当たり前に毎日こなす」ために必要。

 

 

 

それから、「自分の健康を守ること」。

 

今日は無理せずちゃんと休めて偉かった。

 

 

 

あと、これは目標にする。

 

「曖昧なものが苦手だから、この一年で時間感覚や優先順位のつけかたを掴むこと」

 

「いろんなことの“人数”を調べてみること」

 

 

 

 

自分らしく頑張れば、周りの人のためになるって、たくさんの人に教えてもらった。

 

みなさんに褒めてもらえた私なら、きっと大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

はじける

 

“その瞬間、全身の血がソーダになった。シュワーっと上に昇って、ひと粒ひと粒弾けていく。日本舞踊をやってるときに、「次は『藤娘』やってみようか」って言われたときと同じくらい嬉しい。”

 

誉田哲也武士道シックスティーン』)

 

嬉しかった時、褒められた時、私はいつもこの文章を思い出します。

 

 

泣きそうなくらい嬉しかった瞬間が、今日の中にあったので。

 

その瞬間の私は、足元からサイダーの粒になって立ち昇っていきそうでした。

 

嬉しかったなあ。

泣いちゃいそうだなあ。

 

でいねい

 

 

今日はあまりいいお仕事ができてなかった

 

優先順位がつけられてなかった

 

急なハプニングがあったとはいえ、私じゃなくていいことを無理に抱えようとした

 

いつも「責任の所在」っていうところを考えてるのに、今日の私はできてかなかった

 

 

いつも心がけてることなのに

 

嫌というほど慎重に考えていることなのに

 

 

本当になさけない日だった

 

どんな人にもいえないくらい

 

 

 

自分がすべきことをまず考えること

 

無理に抱えないこと

 

自分の立場に求められる責任を考えながらお仕事をすること

 

ハプニングが起こったとき、落ち着いて目上の人の判断を仰ぐこと

 

 

 

今日は涙は出てない、

 

 

 

って打って、読点の先に続ける言葉を探してるうちにちょっと視界が潤んだ

 

 

あと、

『カルテット』のあのセリフを思い出した。

 

 

 

「泣きながらご飯食べたことがある人は、生きていけます」

 

 

生きていくのが恥ずかしい

 

けど明日もまたきっと生きるから

 

今日はあとちょっとだけ頑張ってから寝よう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くうせき

 

久しぶりに自分の席に行けました。

 

2日間の間に貯まった書類が、机の上に山積みになっていました。

 

過ぎた分の時間の堆積を可視化した机でした。

 

出勤して最初に見たその光景に、私は学校の先生になりたかった学生時代を思い出していました。

 

 

 

きっかけは高校生の時の経験でした。

 

安穏と過ごしていた中学までの日々と違い、勉強についていけず、悩みは尽きず、友達や家族ともぶつかって、そんな自分がとにかく嫌だった頃。

 

そして、事あるごとに泣いてしまう、心がとても不安定な時でした。

 

ちょっとしたことで涙が出て、周りの友達に迷惑をかけるのも申し訳なく思っていたし、誰よりも自分が自分に呆れていたように思います。

 

 

 

教室で数学の授業を受けていた時、その場で急に涙が出てきたことがありました。

 

わけがわからなくて戸惑ったけれど、教室の真ん中の席だったから、とにかく誰にもバレないように、静かに頬を拭ってやりすごしました。

 

 

 

 

私が先生になろうと思ったのは、そんな経験があったからでした。

 

教室の中に空席があるならば、そのひとりぶんの空席の意味を、深く考えられる先生になりたいと思っていました。

 

 

 

 

「ああ、そういえば私、先生になりたかったんだったなあ」

 

それが、書類が山積した自席をみて、最初に頭に思い浮かんだことでした。

 

 

私は結局、先生ではなく別の仕事に就きました。

 

意欲は別としても、体力的・精神的な適性という部分から、私は先生に向いていなかっただろう、と思うことも度々あります。

 

でも、職種関係なく、今日の朝の気持ちは忘れたくないなと思います。

 

とりあえず今日は、夕方まで勤務ができてよかった。

「自分に大きな花丸をあげましょう。」

もし今ここに、あの高校生の頃にお世話になった先生がいらっしゃれば、そうおっしゃってくれると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はだし

 

ここで退きたくない

 

踏ん張りたい

 

 

踵をあげて、つま先と母指球で止める、左足の捌きをふと思い出した

 

 

いける、がんばれ

 

踏み切れるよ

 

 

なつのこと

 

かねてから、目標にしていることがあります。

 

 

浴衣や着物を一人で着られるようになりたい。

 

 

 

去年の5月ごろは、YouTubeをみながら、すこしだけ浴衣の着付けのお稽古をしていました。

 

 

思い出す、太宰治の『葉』の冒頭。

 

 

“死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。”

 

 

この冒頭の文が好きだ、という人はたくさん見かける気がします。

 

希死念慮とまではいかなくても、少なくともみんな、大なり小なりの様々な不安を抱えて生きるからかな、と思います。

 

 

 

私のアパートのクローゼットには、紺色の浴衣が一反しまわれています。

 

 

中古だけど、自分で選んで、自分のお金で買った浴衣。

 

 

 

あれを着られるようになりたい。

 

 

着られるようになったら、浴衣で少しお出かけしたい。

 

 

 

夏までがんばりたい、と思いました。